今月の法話

■「平穏無事がご利益」【2024年2月の法話】

 

 令和六年甲辰年、春の節分を控え冬から春へ、いよいよ本格的に新年の始動が感じられる季節です。今年は新春元日早々から、日本列島は大きな災害に見舞われました。被災された方々、今も困難な避難生活を送られている皆さま方には改めてお見舞い申し上げます。

 甲辰年、甲は十干の最初、辰は昇り竜にも象徴されるように上向きの年。また十二支とは元々、一説には植物の成長の過程を表したものと言われますが、辰は植物の成長が盛んな様子を表します。十干十二支を合わせて、甲辰年は新たなことに挑戦しそれが成功する年、今まで準備してきたことが成就する年とされます。希望に満ちた年であり、私たちは誰しも良いことがあるようにと祈るものです。

 お正月十五日までの新年初祈祷祭の間、大聖院へは参拝の方も多く、そのためお寺さん方にもお手伝いに来ていただいております。その中のお一人と少しですがお話をする機会がありました。そのお寺では昨年仏様を修復されたとのことで、ご住職曰く「その仏様に祈願される方には皆さん良いことがあり、ご利益を受けておられる。」続いて、笑いながら「住職の私には祈願される皆さんのように良いことは起こらないのですが…。でも何もないということが既にご利益をいただいているということかもしれないですね。」と。

 希望を胸に良い年であるように、良いことがあるようにと祈るのはごく自然なことで、明るい気持ちで上を目指すことは悪いことではありません。神仏に祈って良いことがあれば、もちろんご利益をいただいているということですが、先のご住職の言われる通り、何もないこと、つまり平穏無事でいられること、この時点で既にご利益をいただいているという考えにはなかなか行き着かないものです。人はみな欲を持っています。最初は少しのものでも満足していたのに、次には多くのものを望み、満たされても満足できず、さらに次にはより多くのものを望み、さらにはさらにはと欲望には際限がありません。

 特別に何か良いことがあれば、もちろん神仏に感謝をしなければいけませんが、日々を平穏無事に過ごせ、新たな年を無事に迎えることができたこと、家族が笑顔で毎日を過ごせること、それだけでも充分にご利益をいただいている。衣食住が整っていること、それだけでもとても有難いことだと痛感するお正月でもありました。

合掌

(日高 誠道)

 

 

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