今月の法話

■「世界の有り様」【2022年3月の法話】

 

 近年、SDGsという言葉をよく聞きます。二〇一五年九月国連サミットで決められた国際社会の共通目標です。「Sustainable Development Goals」の頭文字をとり、持続可能な開発目標を意味しています。この「持続可能な」というのは、「将来の世代のための環境や資源を壊さず、今の生活をより良い状態にするための目標」ということです。この目標を実現するためには、国や企業などのリーダーが協力して行動していくことが大切ですが、私たち一人ひとりの意識や行動も重要となります。なぜ、こうした目標が掲げられたのかというと、産業革命以降、世界中で開発競争が繰り広げられてきた結果として貧困や飢餓を招き、自然環境が破壊されたことで経済・社会の基盤となる地球の持続可能性が危ぶまれたことに起因しています。

 豊かさを追求しながら地球環境を守るため、十七のゴールとそれを達成するために百六十九のターゲット(具体的な達成基準)が設定されました。まず一~六のゴールすなわち目標は順に、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を実現しよう」「安全な水とトイレを世界中に」です。これらは社会に関する目標となります。七~十二の目標は、「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」「働きがいも経済成長も」「産業と技術革新の基盤をつくろう」「人や国の不平等をなくそう」「住み続けられるまちづくりを」「つくる責任つかう責任」です。経済に関する目標で、暮らしの中で密接に関係しています。十三~十五は環境に関する目標となります。「気候変動に具体的な対策を」「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」が設定されています。そして、三つの分野を横断的に関わる枠組みに、十六の「平和と公正をすべての人に」と十七の「パートナーシップで目標を達成しよう」という目標です。

 仏教に「利他行」というものがあります。自分のためではなく、自分でないもののために行動するという意味です。一見不合理にさえ思える、しかし私たちが確かに持っているはずのこの人間の性向のなかにこそ、人類について、社会について、まったく新しい仕方で考え直すヒントがあるのではないでしょうか。フランス政権の中枢で重要な役割を担い、欧州を代表する知性のひとりとされているジャック・アタリ氏も、『政治・社会の構造的な行き詰まり打開に必要なのは「利他」』と書いています。この利他行こそが人類の輝く未来への希望そのものなのです。なぜなら、私たち一人一人の行動と世界の有り様は密接に関係しているからです。そのためには慈悲の心を育てていかなければいけません。慈悲というのは、「慈」と「悲」という別々の言葉を合わせたものです「慈」とは、相手に楽を与える「与楽(よらく)」という慈しみを意味します。

 原語は古代インド語のmaitrī(マイトリー)で「友愛(ゆうあい・誠の親しい友への情)」のことです。これは私たちの世界でいう特定の人に向けられた友情ではなく、一切の生きとし生ける者に向けられた「見返りを求めない愛情や心」といったところでしょう。「悲」とは、相手の苦に寄り添って、その苦しみを取り除いて解放しようとする「抜苦(ばっく)」という思いやりを意味します。「あなたに見返りを求めることなく、あなたの痛みを我が痛みと受け取って、我が身を捨ててでもあなたを救いたい」という慈しみの心と思いやりの心を持つということです。「将来の世代のための環境や資源を壊さず、今の生活をより良い状態にするための目標」を達成するためには、すべての人々が思いやりと親切心に満ち溢れた慈悲の心と利他行の実践が必要なのです。

合掌

(酒井 太観)

 

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